2011年04月18日

復興コンサート(in 大船渡)

週末、大船渡の実家に帰りました。
一応楽器を持って。

なんで楽器を持って、なのかといえば、母校の吹奏楽部OB会事務局からメールで「復興コンサートを日曜にやるみたい。出てみないか?」というような内容をもらったから。
元々は、震災(3.11)の一週間後に、これまた母校の大船渡市立第一中学校の吹奏楽部が「さくらコンサート」というものを実施する予定だったそうで、それが震災で中止に。
せっかく練習したりしたし、気持ちも塞いでいては、と、一中の吹奏楽部コーチや父母会が復興のための演奏会をやろう、と企画して、元々のコンサートでやる曲(プラスアルファ)で、ミニコンサートをやることに。
一中だけでなく、大船渡高校吹奏楽部、ぷなと音楽団(地元の吹奏楽団)、サンドパイパースオーケストラ(ジャズバンド)も合同で、復興コンサートと銘打ってやりましょう、となったらしく。

そもそも復興コンサート、というものはほとんどが「復興支援」という形で、外部から被災地にいらっしゃってコンサートをやる、というものばかりだったそうで。
そんな中、今回は「被災地の人間が、中から復興の狼煙を上げる!」という趣旨。

その趣旨に多いに賛同しつつ、でも自分は(確かに生まれ育った故郷だけど)今は非被災地の人間で、突然こんな時だけふらっと来て演奏に参加する、というのも申し訳ないような気がして、だいぶ迷いました。


でも、母校のフルートの後輩(教え子ね)に「一緒に吹きましょう」なんて言われたら、ねぇ(笑)。
ということで、土曜の夜に演奏することを決め、日曜の朝、練習場所となっていた大船渡高校の校舎へ。

もうさすがに自分が教えた生徒はだれも残っていないのだけれど、一般からきた人たちの中には昔の教え子たちがちらほら。
あぁ、みんな無事でよかったなぁ。
そして某歯科医師さんにも会えた!ご無事でなにより!!!

大船渡高校の顧問の先生にもご挨拶。
大変ご無沙汰しておりました!

オーボエ譜をもらってみたら、今回の曲目判明。

・エルザの大聖堂への行列
・ひとり(阪神淡路大震災の時につくられた曲、との事)
・栄光の架橋
・見上げてごらん夜の星を
・ラデツキー行進曲

うおっと、エルザからスタートっすか!!!
思いっきりオーボエソロあるじゃん・・・別な楽器に振ってるから吹かなくていいのかな?
と思ってたら、先生が
「気にせず全部バリバリ吹いてください!!!!」
みたいなwwww


ということで練習スタート。
基本的にワンスルー。
エルザはまぁ無難に吹きました。
ってかこれだけで凄く疲れたわけで・・・。
体力ねーなー(まぁ今年三回目のオーボエ触ったりだったりするわけで)。

他の曲もまぁ無難に流しつつ、周りの子達が凄く上手に吹いてるのを聞きながら、あぁ、なんか思い入れが違うよなぁ、と思っていたり。

で、最後のラデツキー。
それまでの4曲を、一中のコーチと大船渡高校の顧問の先生で指揮分担してたんだけれど、突然ラデツキーになったら、一中のコーチが私の方を向いて「よっちゃーん(私の大船渡でのあだ名)、せっかくだから、振ってみる???」とwwww

なぬっ!????????




ということで、ラデツキーで突然指揮者www


吹奏楽を指揮するなんて、本当に久しぶりだったけれど、なんか、懐かしかったなー。



ということでお昼を食べて、ホール集合。
ホールといっても、ホールの中で演奏するわけではなく、今回はあくまで「野外」によるもの。
ホールは避難所にもなってるし、ということで、ホールの前の中庭で、総勢100名前後のメンバーによる吹奏楽演奏会、なわけです。




ホールに行って、教え子と話をする(フルートは最初の教え子と最後の教え子に会えた!)。
実は最初に指揮した時の教え子の一人が津波で亡くなっているのだけれど、その写真を持ってきた、というフルートの子。
なんかもう泣けてきた。

演奏する場所に座ってみて。
見渡してそこそこギャラリーがいるのだけれど、中に、女性の遺影を抱えている男性の姿。
なんというか、それを見たときに、心がぐっときてしまって・・・。

あとになって知ったのですが、トランペットの子(陸前高田)のお母さんの遺影だったそうです。
まだおばあさんもみつかっていない、という中で、ステージで一生懸命トランペットを吹いている姿。
後になってまたぐっときました。


で、実際に演奏がスタート。

なかなか音が前に飛ばない環境だった事もあり、いつもより押し出す感じの吹き方になってしまったのは反省点だなー。
ホールを味方につけられない(野外だし)ので、ギャラリーに届くように、と吹いてみましたが、どうだったんだろう。

強風という事もあって、なかなか演奏にしっかり集中しにくいところもありましたが、演奏は全体的には集中力の高いものになりました。
ここの技量の差はもちろんあるのですが、練習が一週間程度だったという中では、よくここまでまとまったと思います。
いろんな思いが音に乗っていた気がして、吹きながら何度もこみあげてくるものがあり、楽器を離して下を向いては落涙をぬぐう、という演奏になりました。


途中で生徒がメッセージを話すのですが、途中で声を詰まらせながらのメッセージは、とても強いメッセージでした。
一言一句違わぬようには書けませんが、私の中でぐっときたのは
「辛かったり、嫌な思いをいっぱいしました。
もう楽器なんか吹けないと思っていました。
でもこうして楽器が吹けて、とても幸せです」

シンプルなんだけれど、自分の言葉で本当に自分の思いを乗せたそのメッセージに、斜め後ろに座ってた私は涙を抑えることが出来ませんでした。



ラデツキー行進曲になり、私が指揮をするのですが、司会の一中コーチが
「よっちゃんこと、佐藤義仁さんです!」
っていう、もう生徒は誰もしらんだろ(さらに言えばギャラリーも誰もしらんだろ)という前振りで登場www


でも「なんであいつ?」という空気もあるので(そりゃそうだ)、マイクを借りて少しだけ話をさせてもらいました。
まず震災に遭われたみなさんへのお見舞い。
そして自分自身の感じた事、これから盛岡で「まだまだ被災地はこれからが大事なんだよ」という事をアピールして、本当の意味での復興に力を尽くしたい、という決意と、その気持ちを与えてくれた大船渡のみなさんへの感謝の言葉を述べさせていただきました。
蛇足っぽかった気もしますが、どうしても非被災地からの参加である私は、それを被災地の人たちに伝えたくなってしまって・・・すみません。

で、ラデツキー。
元気のよい(強弱無視っwwww)のラデツキー!
最初から最後まで手拍子もffでしていただき、楽しく終えました。

大きな、鳴り止まない拍手。
袖で「あぁ、この人達なら、きっと大丈夫だな」っていう思いで見守っていました。

鳴り止まない拍手・・・


鳴り止まない・・・


・・・一中のコーチが・・・



よっっちゃーーーーーーん!!!!

あんこーるだーーーーーー!!!!



ラデツキーだーーーーー!!!!






またかよっwwwwwwwwwwww





ということで、またまたラデツキーを演奏、みんな笑顔で楽しく終わった復興コンサートでした。





参加させてもらえて、本当に嬉しかったです。
非被災地にいて、何か被災地のためにしてあげたい、と常々思いつつ、具体的に何かを伝えられなかったのですが、こうして演奏を手伝えた事、そして、被災地の方々へ直接メッセージを伝えられた事(こんな機会をいただけるなんて!!!!)、本当にありがとうございました。

そしてなによりも、大船渡の人たちの元気と勇気に、本当にこちらが勇気づけられました。
帰りの車内で思い出しながら少し涙を流していた事は内緒の話(笑)。



ふるさとのみんな、ありがとうっ!!!!!


http://www.nhk.or.jp/lnews/morioka/6045358451.html
posted by ぎじん at 07:25| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | オーボエ練習&演奏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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